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自己啓発にのめり込んで人生をしくじった経験を教訓に、ゆるい生き方を実践中。日々のコトなど思いついたことを綴っています。

出来る人が損をする「やったもん負け」を絶滅したい

 

学校や会社などの集団に属しているとデキる人が損をすることが多い

例えば学校なら勉強の出来る優秀な人は出来ない人の面倒を見ろと言われて勉強を教えたり、会社では誰も出来ないスキルを身に着けようものなら、みんなに仕事を頼まれる。友達同士や家族でも同じで出来る人はいつも頼まれごとをされている。

 

それ、自分でやったらどうなん?

みんな同じ人間で同じ義務教育を受けている。1日に与えられた時間も同じ。そして、みんな立場は平等だって学校で習うはず。自分で出来ないから出来る人に頼んだほうが早いと考えているのだろうが、その理屈だと出来る人ばかりが損をすることになる。

 

 

「出来る人」は時間を使い努力を重ねている

出来ない人から見ると簡単にこなしているように見えるのかもしれないが、「出来る人」だって、もともと出来たわけじゃない。忙しい中でも時間を捻出して努力を重ねて新たなスキルを習得している。出来ない人は常に自分で努力をしないから、その過程がわからない。わかっていれば、そう簡単に頼むことは出来ないだろうし、ましてや1円も払わないなんてことは起きないだろう。

 

出来ない人は行動しない人

つまり出来ない人って、全く行動しない人ってことで、実際、私が見てきた自分でやらず、すぐ人に頼む人のほとんどは行動力ゼロだった。仮に自分でやると宣言しても、その後「やるやる詐欺」になるのがオチである。そんな風だから結局は周りの出来る人がやることになるのだけれど、いい加減、付き合いきれなくなるから自然と周りの人は去っていく。周りに頼める人がいなくなれば、さすがに自分でやるかと期待するが、結局、新たに頼める人を探すだけ。絶対に自分でやろうとはしないのだ。

 

やったもん負けを絶滅したい

この頑張った人が損をする「やったもん負け」状態が続くと出来る人は確実にやる気をなくすし、第一不平等ではないか・・・と思っているのは私だけではないはずだ。念のため断っておくが、私は自分のことを出来る人間だと一度たりとも思ったことはない。いや、むしろ出来ないと思っているから努力をするし、凡人であるがゆえ努力でしか何かを得る方法がないのである。しかし、そんな私でさえ、つい最近まで出来ない人からお願い攻撃をされ続けてきた。今はそういう人との付き合いを断絶したおかげで被害はなくなったが、また今日もどこかで出来る人が損をしているはずだ。

 

まとめ

実のところ、自分で出来ないことを人に頼んででも実現させたいと思う気持ちがあるからこそ、ビジネスが成り立っている。例えば自分の家が古くなり壁の補修が必要になったとき、自分でその技術を習得するより、専門業者に頼んだほうが効率が良い。しかし、これには料金が発生するしルールもある。なぜならば、それがビジネスだからだ。しかし、出来る人が損をする「やったもん負け」では、もちろん対価など発生しない。それどころか感謝もされず、挙げ句の果てには自分の手柄のように振る舞う者までいるのが現実だ。今のところ、私が思いつく解決策は付き合いをなくすことくらいしかないが、誰かが画期的な解決策を思いつく日が来て、みんなが幸せに暮らせるようになることを祈るばかりである。

スマホ持ってんだからオレに聞かずに自分でググれよ。

 

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