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自己啓発を今すぐやめよう!

自己啓発にのめり込んで人生をしくじった経験を教訓に、ゆるい生き方を実践中。日々のコトなど思いついたことを綴っています。

 

イマドキの若者が安定志向でなぜ悪い?冒険して欲しいのは誰?

就活・求人 就職

 

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「最近の若者は失敗を恐れる人が多い」「自ら冒険をしようとしない」「安定した生活をのぞむ」などなど・・・これらはここ数年、メディアで良く見かけるイマドキの若者評だ。若い時ちゃらんぽらんで適当に生きてきた私からすれば、「イマドキの若者はしっかりしているなぁ」と感心してしまうのだが、どうやらこのような安定志向を持つ若者が気に入らない人達が世の中には一定数いらっしゃるようだ。

安定志向の若者がなぜ悪いのか?

イマドキの若者は・・・的な話をするのは大抵の場合、ある程度の年齢に達している人生のベテランだ。そして決まって「自分の若いころは無茶をしてよく失敗したものだ」と世代間ギャップを強調するのだが、私の経験上、こういう人は大した無茶も失敗もしていない場合が多い。ちょっとぐらいはあったのかもしれないが、記憶そのものがあいまいで、かなり大げさな話しになっている場合がほとんどだ。

 

自分たちには出来ない何かを期待する企業側

では、なぜ軽いウソまでついて無茶をしない若者に無茶をさせようとするのか。簡単に言ってしまうと「イマドキの若者の安定思考」が気に入らないのは若者に無茶をさせたい企業や年配者達で、自分たちが出来ない(やらない)ことを若者にやってもらいたい・・・そんな気持ちから若者にチャレンジを促しているにほかならない。つまり彼らは自分たちはやりたくないことを若者にやってもらうために「自分たちも若い時はやってたんだぞー。」とまるでそれが常識だと認識させようとしているのだ。

 

 

年配者が創りだした若いうちは失敗しても良いという幻想

そもそも「若いうちは失敗しても良い」って何を根拠に言っているのだろう。若くたって失敗は失敗だし、結局のところ同じ損害を被るわけだし、上司のあなたは笑ってすましたとしても会社の幹部や人事には要注意人物だとレッテルを張られる可能性だってある。実際、会社員時代の私は会社の金を横領した営業マンと仲が良かったというだけで、その後の出世の道を絶たれ転職したことがある。それくらい会社というのは厳しいところなのだが、失敗しても良いと言っている人は失敗した人の人生に責任を持てるのだろうか。

 

年配者はなぜ失敗してはいけないのか?

若者は失敗しても良いという理屈だと、年配者は失敗してはいけないということになるのだが、それは一体なぜだろう。それなりに責任のある立場だからなんて言われればそれらしく聞こえるけど、要はかっこ悪いからってことなんじゃないだろうか。「イマドキの若者は失敗することがカッコ悪いと思っている」なんて言っている年配者をよく見かけるけど、むしろそう思っているのは年配者の方じゃないのだろうか。その言い訳として若さを強調していると感じているのは私だけではないはずだ。

 

まとめ

日本中の企業を探せば、何度失敗しても笑顔でがんばれ!と応援してくれて、給料もしっかりくれる器の大きな上司や企業があるかもしれない。しかし幸運にもそんな企業に就職できるのは極少数の人達だ。「イマドキの若者は夢がない」なんていう人がいるが、安定志向だって立派な人生の方向性だし、安定しているからこそチャレンジできることだってある。誰がなんと言おうと冒険したいと思わないなら無理に冒険する必要もないし、したいと思えばすればいい。なぜならば、自分の人生の責任は自分でとるしかないのだから。