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自己啓発を今すぐやめよう!

自己啓発にのめり込んで人生をしくじった経験を教訓に、ゆるい生き方を実践中。日々のコトなど思いついたことを綴っています。

 

金持ちになって初めてわかる「世の中お金が全てではない」の本当の意味

 

 

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「世の中お金が全てではない」

お金を持っている人でも持っていない人でも一度は聞いたことのある言葉ではないだろうか。私も若い頃、収入が少ない時や無職の時など、苦し紛れにこの言葉を吐いたことが何度もある。しかし、48歳になった今、この言葉の本当の意味は私のような低収入の人間には本来、実感できないものではないかと考えるようになった。

 

お金があれば大抵のことは出来る

私のような低収入の人間は全ての願望や物欲を叶えるには予算が足りないから、支出に優先順位をつけて赤字にならないよう暮らしている。逆に言えば、収入が多ければ大抵の願望や物欲は叶うということで、お金があれば大抵のことは出来るということにもなる。

 

お金があってもかなわないこと

じゃ、やっぱりお金が全てじゃないか・・・と言いたくもなるのだが、実はお金があっても叶わないことがある。代表的なものは自分自身が努力や経験をしなくては身につかない訓練を必要とするスキル。例えば身近なことならキーボードのタイピング、わかりやすいものだとスポーツなどがあげられる。他にも山程あるのだけど、これらはお金がいくらあっても自分自身が努力をしなければスキルの向上はない。

 

 

売っているものはお金さえあれば誰でも手に入れられる

つまり、お金で手に入るモノというのはその人だけが手に入れられるわけではなく、お金がある人なら誰でも手に入れられるものばかりなのだ。だからある程度のお金持ちになるとお金で何かを手に入れたところで優越感もなくなり、いずれ自分は特別ではないということに気付くことになるのではないだろうか。

 

自分という人間の中身が空っぽだと気付く時

結局、自分が手に入れてきたモノ(コト)はお金があれば誰でも手に入れられるモノ(コト)ばかり。何十年も生きてきて、自分という人間の中身は昔と変わらず空っぽだと気づいた時、初めて本当の意味で「世の中、お金が全てではない」と心から感じることになるような気がするのだ。

 

さいごに

今回、今の私が考える「お金が全てではない」の1つの答えを書かせて頂いたが、私自身、まだまだ収入が少なく支出に優先順位をつけている低所得者だから、全ては推測になってしまうことをご容赦頂きたい。ただ、私が今まで生きてきた人生で、回りにいるお金持ちを見ていると、人に褒められたい願望が強い人が多く、常に心が満たされない状態にあるような気がする。そんな人達を見ているとお金のない私でさえ、世の中お金が全てではないのだろうなと思わずにはいられない。