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自己啓発を今すぐやめよう!

自己啓発にのめり込んで人生をしくじった経験を教訓に、ゆるい生き方を実践中。日々のコトなど思いついたことを綴っています。

 

自己啓発をやめた私の服選びが着心地重視に変わった理由

 

 

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最近、洋服の断捨離をしていてふと気がついたのだが、服選びの基準が自己啓発にハマっていた頃とは随分と変わっている。当時はかっこよく見られたい、また仕事ではデキる人に見られたいなんてことが服選びの基準だったが、今ではすっかり自分の着心地が最優先になっている。

 

服選びの目的は自分を盛ること

若いころ男性が女性にモテたいと思うのは、普通のことかと思うのだけど、私の場合、特にイケメンでもないし、スポーツが出来るわけでもない、ましてお金持ちでもなかったので、服選びは、もともとモテない自分を盛るために必須だったのだ。

 

着心地が悪く、帰宅後にどっと疲れる毎日

しかし、カッコよく見られようと購入する服は、大抵の場合スタイルの悪い自分には窮屈なシルエットだったりする。それでも着心地は後回しにして飲み会などに出かけ、いつも家に帰ってどっと疲れていた。その後、社会人になってもその傾向は続き、着たくもない高いスーツを着て仕事に出かけ、家に帰ってどっと疲れる毎日を送っていた。

 

きっかけは自分のために生きようと決めたこと

そんな人生を送っていた私だが、ある時を境に「人にどう見られるか」を気にしながら生きるのをやめた。それまでの自分は経営していた会社の社員のこと、仕入先、得意先、関係業者など、全ての人の見る目を気にしていた。実際、周りには私に余計なアドバイス(?)をする人も数名いて、その人達が言うことにもかなり影響を受けていたのだ。

 

人のために生きているといつか行き詰まる

人のためにがんばるとか社会に貢献するなんて言うと、言葉の響きも良いし、なんとなく「やっている感」がある。しかし、こんなのは言葉のマヤカシ以外の何物でもなく、本来、自分が心からやりたいと思って始めたことでなければ、継続することが難しくなりいつか必ず行き詰まる。周りの人のウケばかりを考えて生きていた私の場合もそうだった。

 

 

全ての基準を自分のためにすると悩みなどなくなった

自分のために生きようと決めた時、自己啓発もすっぱりやめたのだが、それまで夜も眠れないほどだった私の悩みは跡形もなく消滅した。悩んでいたことがバカバカしいと思えるほど、本当にキレイさっぱり悩みがなくなり、スッキリとした気分になったのだ。今を思えば、自己啓発も人から出来る人に見られたいという気持ちからハマっていったのだろう。そんなこと生きていく上で何の意味もないのに。

 

自分が着たくない服を着る必要がある場所には行かない

シワや汚れなど、最低限のマナーは守らなければならないとは思うが、自己啓発をやめた今は常に自分が着たい服を着ることにしている。もう自分を大きく見せる必要などないから公の場に出るときもできる限り自分の好きな服を着ているし、実際のところ好きでもない服を着なくてはならない場所は、私自身が行きたくない場所であることが多い。そんな場所に行くのは自分のためにならないから、お誘いを頂いても全て丁重にお断りしている。

 

さいごに

昨今、国内のファッションアパレルが不振続きで店舗の閉鎖やブランド縮小などが相次いでいる。価格を下げても売れないと言うのだから、もしかしたら私と同じように自分を盛ることに疲れたり、興味がなくなってファッションブランドで洋服を購入する人が減っているのかもしれない。実はもう、着飾ることより大切なことがあると多くの人が気づいているのではないだろうか。