自己啓発を今すぐやめよう!

自己啓発にのめり込んで人生をしくじった経験を教訓に、ゆるい生き方を実践中。日々のコトなど思いついたことを綴っています。

 

テレビは観ないがネットや本は信用できると言う人の不思議

 

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昔、意識の高い(自称)や、アンテナの高い人(これも自称)達と集まると、よく話題になっていたことがある。それは「テレビを観ない」こと。

 

「テレビなんてつまらない」「テレビなんて時間のムダ」などと毎回盛り上がるのだが、中には「テレビなんてスポンサーの言いなりだから」とか「偏向報道なんて見る価値もない」などと、まるで業界で働いていたかのような口ぶりで言い切る人もいた。

 

テレビは嫌いだけど本やネットは好き

で、テレビを観ないと宣言する彼らは一体どこから情報を仕入れいているかというと、ネットや本という人が多い。つまり彼らはネットや本から仕入れる情報はスポンサーの言いなりなテレビの偏向報道よりも正しいと考えているいうことになる。

 

世の中にバイアスのかからない情報などない

しかし、当たり前の話ではあるがネットも本も、必ず「書き手」がいる。テレビ番組に台本や原稿があるのと同じく「書いている人」が存在するのだ。そして、その書き手が好む好まざるに関係なく、必ずその人の考えや価値観が文章に反映されることになるわけで、全ての情報にはなんらかのバイアスがかかっているはずなのだ。

 

絶対的価値観と相対的価値観

世の中には2種類の価値観があると言われている。それは「絶対的価値観」「相対的価値観」だ。絶対的価値観は誰が見ても変わることのない絶対的なもので、代表的なものは東西南北などの方角。対して相対的価値観とは何かと比べて判断する価値観のこと。余程のことがない限り、ほとんどの人は物事をこの相対的価値観で判断してるのだ。

 

相対的価値観の問題点

相対的というからには何かと比べて判断をしてるわけだが、これが、やっかいの元で、例えば「このハンバーグ美味しい!」と言っている人は今まで自分が食べたことのあるハンバーグと比較して「美味しい」と判断をしている。しかし、まだ2、3種類しか食べたことのない人と日本中のハンバーグを食べ歩いた人の「美味しい」では同じ言葉でありながら、まったく違う意味になるのだ。

 

大事なのは媒体ではなく、自分の力

つまり、世の中の情報媒体のほとんどは、取材した記者などの「相対的価値観」に基いて発信されているわけで、どんなに媒体を選んだところで、それをどう判断するかは自分の能力にかかっている。だから、「テレビなんてスポンサーの言いなりだから観ない」とテレビが発信する情報の信憑性を疑い、ネットや本の情報だけを信用するということも実は偏った考え方であると言えるのだ。

 

「テレビを観ない」がカッコイイと思っている人

実はただ単に「テレビを観ない」というライフスタイルがカッコイイと思っている人達もいる。いや、むしろ意識高い系と呼ばれる人達にはこの手が多いのではないだろうか。以前、私の知り合いにもテレビを観ないことがステータスだと思っている人がいたが、その割に最近のお笑い芸人のギャグを知っていたりして「本当は観てるんだろ」とツッコミたくなることが何度もあったことを思い出す(笑)

 

さいごに

テレビを観るか観ないかは、その人の勝手だし、正直どちらでも良いことだと思うのだが、私は自分を解放したい・・つまりダラダラしたいと思った時にテレビを観ることが多い。積極的に情報を探し、吸収する本やネットに対し、テレビは受け身で情報を得るためリラックスできる利点があるような気がする・・もちろん、観る番組にもよるけどね。