自己啓発を今すぐやめよう!

自己啓発にのめり込んで人生をしくじった経験を教訓に、ゆるい生き方を実践中。日々のコトなど思いついたことを綴っています。

 

胃ろうを提案され「もう生きることに疲れた」とつぶやいた母(82)

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嚥下障害で食べられなくなっておよそ1年、ついに限界を超え緊急入院した母(82)は、入院後3週間経っても全く食べられるようにならず、体力が戻らないことから担当医に胃ろうを提案される。胃ろうで直接栄養剤を胃に流し込むことで体力を戻し、そこから嚥下リハビリを行おうということだった。しかし、そんな提案があった翌日、病室の母から電話があった。そして電話口の彼女はひどく暗い、か細い声で「もう生きることに疲れた」とつぶやいたのだった。

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82年の人生で初めて吐いた弱音

まだ82歳で「生きることに疲れた」なんて大げさではないかと思う人もいるかもしれない。しかし、彼女が弱音を吐くのは息子の私が知る限り初めてのことだ。根っからの怠け者で、努力も勉強もせず、頭の良さそうな人やお金を持っていそうな人に高齢になった今でもタカリ続ける父とは正反対で、母は本当に頑張って生きてきた。母がいなければ父はとっくに自己破産するかホームレスにでもなっていたであろう。

 

生きるために努力し続けた日々

嚥下障害の症状が現れ始めた頃も母は前向きだった。普段の食事量を食べられなくなって段々と痩せて体力が落ち始め、常にだるさを感じるようになった彼女は運動不足で体力が落ちているのだとウォーキングマシンで毎日トレーニングを始めた。しかしだるさの原因は嚥下障害による摂取カロリー不足、つまり栄養が足りていないのだからトレーニングを続けるうちにどんどん痩せていった。奇しくも彼女の前向きな気持が結果的に激ヤセを促進してしまったのだ。

 

嚥下障害だと診断され耳鼻科にリハビリ通院開始

飲み込めそうな食べ物を探しながら少量の食事をしつつ毎日を過ごしていた母だったが、ついに水さえも飲み込めなくなってきた頃、やっと病院で「嚥下障害」と診断される。そしてケアマネに紹介された耳鼻科にリハビリ通院を開始した。体力が落ちてフラフラしながら歩いている母に「声をかけてくれれば病院まで送るよ」と伝えたが「自分で行けるから大丈夫」と笑顔で応え、倒れるまで一度も人に頼ることなく通院した。

 

入院から3週間、ついに心が折れた母

そんな前向きで強い心を持った母だったが、1年以上、努力しても努力しても良くならない自分の身体についに心が折れてしまった。

まさに母の言葉通り生きることに疲れてしまったのだ。

 「もう胃ろうなんてしたくない」

電話口でそうつぶやいた母は泣いていた。母には元気になってほしいと願っている私だったが、そんな母の気持ちは痛いほど理解できた。本当に母が頑張ってきた。体を壊す前の長い人生はもちろんのこと、体調を崩してからも本当に、本当に頑張って生きてきた。そんじょそこらのお気楽サラリーマンとは比べものにならないくらいに・・・。

私はその時、もう母に「がんばれ」とは言えなくなっていた。

 

次回へ続く